食べることが好きだと気づいた。
朝起きて温かいコーヒーを飲みながら、やさしくお腹を目覚めさせる。
厚切りの食パンをオーブンにいれて、ケトルとラジオのスイッチを押す。
クラムチャウダーかコーンスープか、今日はコーンスープにしようとつぶやきながら袋を開けた。
大さじ1杯の生クリームをマグカップにそそいでいると、グラグラとお湯の沸く音がした。
部屋に食パンの焼けた香りが立ちこめてきた頃、マグカップにお湯を注ぎコーンスープと生クリームを混ぜる。
フライパンにオリーブオイルをいれて火にかけた。
つねづね、ベーコンはしっとり、オムレツはふっくらと仕上げたいと思っている。
全部を1枚のお皿に盛りつけ、昨日のあまりの葉野菜を3枚そえて、朝ごはんが出来上がった。
まだ眠たそうな僕にくらべ、胃はすっかり調子を取り戻したようだ。
ちょうど1曲で食べ終え、ふとコーヒーカップをのぞくと朝日がきらきらと反射していた。
コーヒーの木は最初、アラビアで発見されたそうだ。
古くからの言い伝えによると、コーヒーは羊飼いが見つけた。
羊たちがコーヒーの木の実を食べると、いつも興奮してはしゃぎ出した。
それを見ていた羊飼いがピンときて飲んだのだ。
その後いろいろなところに植えられたが、最良のコーヒーはいまでもアラビア産だという。
こんな話になったのは「美味礼讃」を読んだからだ。
原題を「味覚の生理学」という。
作者ブリア・サヴァランは、解剖学者、生理学者、科学者、天文学者、文学者で、詩や作曲もできた。
あらゆる学問のうんちくをおり交ぜ、食べることとは何かを語っている。
美味しいものを食べたいという欲求は、嗜好をこえて哲学にまで達した。
生き方であり、また精神ともいえる。
コーヒーの起源、チョコレートと神の関係、揚物の理論と実際、ご馳走と聖職者。
一見ちぐはぐに思える内容も、読者を美食の世界に誘う手練手管だ。
家をでるとサンマの焼ける匂いと、トントントンと小気味の良い音が聞えた。
そういえば和食については書かかれていなかった。
18世紀後半を生きたフランス人だから当然か。
しかしサヴァランなら納豆のことをなんと言うだろうか。
そんなことを思っていると、みそ汁の香りがした。
明日の朝ご飯は和食にしよう。
本のことなんか忘れてしまった。
やっぱり食べることが好きだ。
教授のアフォリスム
サヴァランは素晴らしい言葉を残している。
本書を引用して紹介したい。
1.生命がなければ宇宙もない.そして生きとし生けるものはみな養いをとる。
2.禽獣はくらい、人間は食べる。教養ある人にして初めて食べ方を知る。
3.国民の盛衰はその食べ方いかんによる。
4 どんなものを食べているか言ってみたまえ。君がどんな人間であるかを言いあててみせよう。
5.造物主は人間に生きるがために食べることを強いるかわり、それを勧めるのに食欲、それに報いるのに快楽を与える。
6.グルマンディーズはわれわれの判断から生まれるので、判断があればこそわれわれは、特に味のよいものを、そういう性質を持たないものの中から選びとるのである。
7.食卓の快楽はどんな年齢、身分、生国の者にも毎日ある。他のいろいろな快楽に伴うことも出来るし、それらすべてがなくなっても最後まで残ってわれわれを慰めてくれる。
8.食卓こそは人がその初めから決して退屈しない唯一の場所である。
9.新しい御馳走の発見は人類の幸福にとって天体の発見以上のものである。
10.胸につかえるほど食べたり酔っぱらうほど飲んだりするのは、食べ方もの味方も心得ぬやからのすることである。
11.食べ物の順序は、最も実のあるものから最も軽いものへ。
12.飲み物の順序は、最も弱いものから最も強く香りの高いものへ。
13.酒をとりかえてはいけないというのは異端である。舌はじきに飽きる.三杯目からあとは最良の酒もそれほどに感じなくなる。
14.チーズのないデザートは片目の美女である。
15.料理人にはなれても、焼肉師のほうは生まれつきである。
16.料理人に必要欠くべからざる特質は時間の正確である。これはお客さまのほうも同じく持たねばならぬ特質である。
17.来ないお客を長いこと待つのは、すでにそろっているお客さま方に対し非礼である。
18.せっかくお客をしながら食事の用意に自ら少しも気を配らないのは、お客をする資格のない人である。
19.主婦は常にコーヒーの風味に責任を持たねばならず、主人は吟味にぬかりがあってはならない。
20.だれかを食事に招くということは、その人が自分の家にいる間じゅうその幸福を引き受けるということである。
引用
美味礼讃 (上) 岩波文庫
ブリア=サバラン (著)
関根 秀雄 , 戸部 松実(翻訳)